ピカソとともにキュビスムを創始した画家ブラック没
1963年8月31日、フランスの画家ジョルジュ・ブラック没。パリ近郊に生まれ、少年期をル・アーブルで過ごし、建築装飾画請負業者だった父の後を継ぐため徒弟奉公に入る。1900年パリに出て美術学校で学ぶが、05年のフォービスム誕生をきっかけにその一員となり、明るく輝かしい色彩を駆使して南仏の風景などを描いた。しかし、07年秋のサロン・ドートンヌでのセザンヌ回顧展に大きな衝撃を受け、画面構築への関心を強めてゆき、同年『アビニョンの娘たち』を完成したピカソとともに、キュビスムの造形革命を開始した。09年末から2人は分析的キュビスムの手法を練り上げてゆき、13年ごろには画面に新聞紙や壁紙などを貼り付けるパピエ・コレの技法を開発、総合的キュビスムへと移行した。14年ブラックは第一次世界大戦に招集され負傷したが、長い療養生活ののち絵筆をとった。その後は、初期キュビスムの厳しい直線のコンポジションは放棄されたが、対象の再現性を保ちながら、それを自由に分解・再構成して、なかば抽象的なデザインのさまざまな可能性を開拓し続けた。
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2008年08月31日
