NetAdvance http://www.netadvance.co.jp/?ref=rss ja 2008-08-21T00:30:00+09:00 今日の新語:カーディオラティス http://www.netadvance.co.jp/2008/08/post_24.html?ref=rss ミニトランポリンを使った、ニューヨーク生まれの有酸素運動。有酸素運動を意味する「カーディオ」と身体の深部にある背骨や骨盤を支える筋肉を鍛える運動の「ピラティス」との合成語で、つまりこれは、トランポリンの上で飛び跳ねながら行うピラティスなのである。跳躍に手足と腰の動き、左右への回転を組み合わせている。エアロビクスのような効果を期待でき、筋肉をバランスよく鍛え、正しい姿勢を作るのにも役立つといわれている。アメリカのカーディオラティス社の登録商標。


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[スポーツ]



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71亀井肇の新語探検 2008-08-21T00:30:00+09:00
今日の新語:Chabo! http://www.netadvance.co.jp/2008/08/post_25.html?ref=rss 書籍を購入すると、書籍代のうち著者に支払われる印税相当分の20%が寄付されるプログラム。印税は一般に書籍代の10%が多いから、寄付に回るのは書籍代の2%くらいということになる。経済評論家の勝間和代が提唱したもので、勝間のほかにビジネス書の著者・和田裕美、小宮一慶、竹川美奈子、酒井穣、山口一男、久恒啓一と出版社7社が参加を表明している。寄付金はNPO法人「JEN」を通じて世界の難民・被災地域への教育、自立支援のために使われる。賛同した著者の出版する本の帯に鳥のチャボをイメージしたロゴマークが印刷されており、店頭でもすぐにわかる。正式名称は「チャリティー・ブック・プログラム」。


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[社会]



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71亀井肇の新語探検 2008-08-21T00:30:00+09:00
今日の人物:チャールズ・マーグレイブ・テイラー http://www.netadvance.co.jp/2008/08/post_26.html?ref=rss マギル大学名誉教授

[1931年11月― ]

カナダ・モントリオール生まれ。1952年にマギル大学を卒業し渡英、55年にオックスフォード大学を卒業した。イギリス滞在中には、新左翼運動に加わり、雑誌『Universities and Left Review(大学および左翼評論)』(60年に『New Left Review』と改題)の創刊に関わる。61年にオックスフォード大学で哲学の博士号を取得後、マギル大学政治学部助教授に着任。同年に結成されたカナダの新民主党(NDP)で政治家としても活動し、一時期副党首を務めた。62〜71年モントリオール大学哲学部助教授を兼任した後、72年にマギル大学教授。76年からオックスフォード大学チチェリ社会政治理論教授も務めた。98年からマギル大学名誉教授。2002〜07年ノースウェスタン大学教授。
「全体論的個人主義」の立場に立った「共同体主義(コミュニタリアニズム)」や「多文化主義(マルチカルチュラリズム)」の唱道者として知られ、20世紀後半以降で最も影響力をもつ哲学者の一人に数えられる。「相互承認」の概念をもとに、異なる歴史・伝統・文化をもつ人間同士が、その価値観を認め合いながら幸福に共存できる社会哲学を構築。その背景にある「哲学的人間学」において、人間は価値と目的とをもって行動する「自己解釈する動物」であると定義し、共同体の中で他者との会話を通じてアイデンティティを確立し、善なること、価値あること、為すべきこと、賛同・反対することを自己決定するための枠組みを獲得していく存在であると説いている。「深い多様性」を生きる人間の尊厳を重視する立場から、近年ではタイの民主化支援やケベック州の文化的少数民族社会の現状についての政府調査などにもたずさわり、人権擁護や宗教対立、ケベック独立問題など政治・社会問題に関して積極的に発言を続けている。
これらの実績が評価され、レオン=ジェラン賞(1992年)、テンプルトン賞(2007年)を受賞し、カナダ勲章(1995年)、ケベック国家勲章(2000年)を受章している。08年には稲盛財団から京都賞(思想・芸術部門)を授与された。ブリティッシュ・アカデミー、カナダ王立協会、アメリカ芸術科学アカデミーの会員も務める。


関連サイト:



[森田悦子]

[学術・論壇]

[2008年8月21日配信]

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72JK Who's Who 2008-08-21T00:30:00+09:00
Daily知識浴:駐日総領事ハリス、下田に着任 http://www.netadvance.co.jp/2008/08/post_23.html?ref=rss 1856年8月21日(安政3年7月21日)、前年米大統領ピアースにより駐日総領事に任命されたタウンゼンド・ハリスが、書記官ヒュースケンを伴い下田に着任した。ほどなく彼らは柿崎の玉泉寺に入ってここを領事館とし、下田奉行井上清直らと交渉した結果、57年下田条約に調印した。次いで彼は江戸に向かい、58年7月29日(安政5年6月19日)神奈川沖の米艦ポーハタン号上で日米修好通商条約を締結した。その後62年、ハリスは解任となり帰国の途についた。下田時代看護婦として雇い3日で去らせた「きち」という女性がいて、のちに「唐人お吉」の伝説を生んだが、ハリス当人は厳格なクリスチャンで酒・たばこを用いず、生涯独身を通し、78年2月25日ニューヨークで死去した。

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73Daily知識浴 2008-08-21T00:30:00+09:00